オリンピック北京大会競技☆馬術、セーリング、

オリンピック北京大会
北京オリンピック ライフル射撃
 2008年8月中国北京で第29回の夏季オリンピックが開催されます。関連する情報を調べましたのでご紹介します。

このページでは馬術、セーリング、ライフル射撃、フェンシングについて紹介します。

北京オリンピック実施競技 は以下です。
陸上競技・競泳・飛込・水球 ・シンクロナイズドスイミング・ サッカー ・テニス・ ボート ・ホッケー・ボクシング・バレーボール・ 体操・
バスケットボール・レスリング ・ セーリング ・ ウエイトリフティング・ ハンドボール・ 自転車 ・卓球 ・馬術・フェンシング ・
柔道・ソフトボール ・ バドミントン・ 射撃・近代五種競技 ・ カヌー・ アーチェリー・野球・ テコンドー・トライアスロン

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クレー、重量挙げ、トライアスロン、近代五種は
◆北京オリンピックの競技紹介「馬術」
「馬術」競技で今年、話題になったのは、この選手ですね。

 "日本馬術連盟は7日、北京五輪の馬場馬術団体への出場が確実となり、66歳の法華津寛選手(アバロン・ヒルサイドファーム)が日本選手としては最高齢で五輪に出場する見通しとなったと発表した。
 これまでの日本選手団の最高齢選手は1988年ソウル五輪の馬術代表だった井上喜久子さんの63歳で、3月に誕生日を迎える法華津選手は67歳での五輪出場となる。法華津選手は1964年東京五輪以来の出場。84年ロサンゼルス五輪は補欠で、4年後のソウル五輪は代表に選ばれたが馬が検疫に引っ掛かり出場を辞退した。"新聞記事より
◆「馬術競技」についてその歴史、競技の方法などを調べました。

馬を用いた競技は古代オリンピックにシャリオ・レースというものがありました。人と馬との共同作業というのは、中国やエジプト、そしてペルシャといった数多くの古代文明に遡ります。
近代オリンピック・パリ大会において馬術は正式なオリンピック競技になりました。しかし、その当時の競技は障害飛越の1競技のみだったんです。オリンピックでは3競技で構成するということが、のちに開かれた国際会議によって、決められています。
馬場馬術(ドレッサージュ)と、障害飛越(ジャンピング)と、総合馬術(イベンティング)の3つです。

馬術競技というものは競技ルールに、唯一、男女差がまったく無い競技です。文字通り人馬一体になってに行う競技です。

日本の馬術競技におけるオリンピックへの参加は1928年アムステルダム大会です。1932年ロサンゼルス大会での大障害飛超競技で、西竹一がウラヌス号で金メダルを獲ったことは有名です。

●馬場馬術(ドレッサージュ)
一定の四角い馬場の中で、決められた場所と順序に従って高等馬術(パッサージュ、ピルエット、ピアッフェ、斜め横足など)を演じ、複数の審査員が態度と技量に基づいて採点した合計点数で順位を競います。

●障害飛越(ジャンピング)
障害飛越は、騎乗した選手が、スタート・ラインとゴール・ラインの間に高さと幅が異なる数個の障害物(バー、障壁、ダブル・トリプル、水濠など)をいろいろな間隔、向きで配置した規定コースを走る競技です。通過時間(スピード)と、拒否(スムースに越えたかどうか)、落下させた障害物の個数を減点法によって評価して成績を競います。飛越する障害の高さによって、中障害(120cm程度)と大障害(160cm程度)に区別しています。

●総合馬術(イベンティング)
総合馬術は、あらかじめ出場登録した1組の馬と選手のペアーが、連続3日間、障害飛越・馬場馬術・野外騎乗(スティープルチェイス)の3種目を行い、総合得点で順位を競うもので、体力とスタミナが要求される過酷な競技です。
 畜産ZOO鑑HPより引用 http://zookan.lin.go.jp/kototen/uma/u421_3.htm
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◆北京オリンピックの競技紹介「セーリング」
「セーリング」とはどのような競技なのか、について紹介しましょう。

日本がセーリングでオリンピックに参戦したのは1936年の第11回ベルリン大会からとなっています。以降第二次世界大戦で一旦中断されるものの、1952年の第15回ヘルシンキ大会より復活を果たします。
オリンピックでは、1996年のアトランタ大会において、470級女子の重由美子、木下アリーシア組が見事に銀メダルを獲得しています。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による「セーリング」の解釈は、
 "セーリングとは、帆の表面を流れる風によって生ずる揚力を主な動力として、主として水上を滑走すること又はその技術を競う競技である。
セーリングに用いるキールの形状は、キャビンを備えるものから、ボート、ボードなどに至るまで多様である。セーリングをヨットと同義とする記述が一般的であったが、国際セーリング競技規則の名称に"セーリング"との呼称が採用されたことを契機として、セーリングとの呼称が定着しつつある。 ヨットという呼称は、セーリングに用いる艇種の一形態として用いる傾向が顕著である(2006年現在)。"とあります。

セーリング競技とは、レース海面に設置されているブイを、定められた順序に定められた回数分回って、フィニッシュしたときの着順によって順位が決まるスポーツです。

第2回オリンピック・パリ大会から正式にセーリング競技が行われ、初期の頃はキールボートクラスが主体だったようです。
1984年の第23回ロサンゼルス大会より、いわゆるヨットと称されるものに加えて、ウインドサーフィン(ウインドグライダー級、レヒナー級)が採用されました。

2008年北京オリンピックでは、次の11種目の競技が行われます。
ウィンドサーフィン男子RS-X, ウィンドサーフィン女子RS-X, シングルハンド男子フィン, シングルハンド女子レーザーラジアル, シングルハンドオープンレーザー, ダブルハンド男子470, ダブルハンド女子470, ダブルハンドオープン49er, キールボート男子スター, キールボート女子イングリング, マルチハルオープントルネードの11種目とされています。
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◆北京オリンピックの競技紹介「ライフル射撃」
競技の種目ですが、使用する銃の種類や銃を構える姿勢、弾の数ごとに決まっています。肉体的な耐久力はそれほど必要としないので、幅広い年齢層にファンが多い競技です。
肉体的には楽ですが、強靭な精神力が必要とされるスポーツなので、いかにして集中力を高めたり維持したりするかが勝負のポイントといえる競技です。

日本国内ではこの射撃スポーツを現在およそ1万人が楽しんでいます。
特にビーム・デジタルライフル銃を使った競技は年令制限がありませんので、どなたでも参加することができるんです。
この競技に日本は1952年ヘルシンキ大会よりオリンピックに参戦しています。

★ライフル射撃とは
 遠くの目標に小石などを投げ当てたいという気持ちは、原始時代から人類に備わった本能といえるでしょ う。
銃器の発達に伴って、ヨーロッパを中心に15〜16世紀頃より射撃競技が始まったとされています。 その後、世界各国に射撃協会が設立され、一般市民の間にもスポーツとしての射撃がひろまり、1896年 に開かれた第1回アテネ・オリンピックから正式種目として現在に至っています。
日本での射撃は種子島に火縄銃が伝えられて以来、日本独特の砲術として武士階級の間で極められてきまし た。スポーツとして広まったのは明治時代になり近代的な銃が紹介されてからのことです。戦後も市民の スポーツとして多くの愛好家の尽力により昭和26年の第6回広島国体より正式種目になり現在もますます盛んです。

●ワ−ルドカップ・オリンピック競技種目
■ライフル男子種目■ライフル女子種目■ピストル男子種目■ピストル女子種目
社団法人日本ライフル射撃協会HPより引用
http://www.riflesports.jp/index.php
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◆北京オリンピックの競技紹介「フェンシング」
「フェンシング」についての歴史を調べました。
夏季オリンピックにおけるフェンシング競技は、1896年アテネオリンピックより男子
のみ実施されました。1924年のパリオリンピックより女子種目も実施されるようにな
り、徐々に種目数も増え2008年北京オリンピックでは男女それぞれ5種目の計10種
目が実施されます。

北京オリンピックにおけるフェンシング競技は、北京国家会議センターフェンシング館
で2008年8月9日から8月17日までの日程で開催される予定です。
フェンシングの原形は、中世の騎士による剣技にあるとされています。
その後、火器の発達によってフェンシングは戦闘手段としては後退してしまいました。しかし、剣のその繊細なテクニックが
多くの人を魅了し、19世紀末にはヨーロッパ各地にて競技として盛んに行われるようになりました。

1914年6月にパリで開かれたIOC総会において「競技規則」が採用されました。
これはオリンピック「フェンシング」競技の全種目(フルーレ、エペ、サーブルですね)に適用するために討議と検討が
された末に、満場一致で可決されたものです。現在の国際フェンシング連盟ルールの原典にもなっています。

また、競技の判定についても当初は肉眼にて行われていたものですが、1936年にエペ種目にまず電気審判器が
導入されます。そして、その公正さが確認されると、競技人口も急激に増えたと伝えられています。

その後、残りの2種目についても電気化がなされ、現在に至っているんです。

日本のオリンピック参加ですが、1952年ヘルシンキ大会、1956年メルボルン大会に視察員として参加。
そして1960年ローマ大会で初めての選手団派遣をしています。
1964年東京大会では、ついに男子フルーレ団体で4位入賞という快挙を達成しました。

●フェンシング 実施種目
男子フルーレ個人・ 男子エペ個人 ・男子エペ団体 ・男子サーブル個人
男子サーブル団体・
女子フルーレ個人・ 女子フルーレ団体 ・女子エペ個人・女子サーブル個人
女子サーブル団体・
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